弁護士・山枡幸文先生インタビュー

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東京・西新橋「あすなろ法律事務所」
弁護士・山枡幸文先生 インタビュー

専門家インタビュー

明日への希望と成長のチカラになりたい。それが「あすなろ」に込めた想いです。

私は鳥取県で生まれました。天文学者に憧れ、自然の中で大好きな蝶を追いかけまわすような少年でした。
父は弁護士でしたが、私は自然科学や工学に興味があり、その道で東京の大学へ進学しました。しかし、時はまさに激動の時代で、システムエンジニアとして社会に出たものの、うねりの中で流されそうになる自分を日々感じていました。20代も後半を迎えた頃から、徐々に父の生き方を意識するようになりました。当時、父のところには弁護士費用が払えず、代わりに農作物や品物を持参する人もいました。それでも当然のように弁護士活動を続ける父の姿を見て、今までとは対極とも言える弁護士への道を考えるようになったのです。父からは反対されましたが、いつしか応援してくれるようになり、1984年、司法試験に合格できました。
今思えば、この父の姿こそが、「弁護士はサービス業」という私の信念の原点なのかもしれません。

弁護士生活のスタートである、郷里鳥取での日々は多忙を極めました。当時の鳥取は弁護士の数が極端に少なく、鳥取市でさえ12名しかいない状況で、しかも平均年齢が75歳。30代の私が弁護士会に登録した時は、14年ぶりの登録でした。若い弁護士ということで、事件の依頼や顧問依頼、講演などが集中し、弁護士会の副会長まで経験させてもらいました。鳥取と東京や大阪を多いときは週に1,2回往復しながら事件や相談にあたるという毎日の中で、がむしゃらに何でもやった経験は、弁護士として分野を特定せず、社会や人々のニーズに合わせた仕事をしたいという思いを、より一層強くさせました。そして1993年に、この東京に戻ってきたのです。

現在は一昔前に比べ、社会や生活の中での法律問題が国際化、多様化して複雑になってきています。
社会や人々の求める法的サービスも世相を反映して変化しますが、そんな中で私は、皆さまの「お抱え弁護士」でありたいという思いを強めています。個人様でも事業者様でも、問題が起きる前に弁護士に相談をする「予防法務」は今後ますます重要になるでしょう。特に中小企業にとっては、1つの法的トラブルが死活問題に発展する可能性が大いにあります。事業主の皆さんは司法書士、税理士、弁理士、行政書士などへ経営上の相談をされると思いますが、欧米ではこれらの相談は原則弁護士に一本化されています。トラブルが起きないようにする、起きても最小限にとどめるという予防的な対応に加え、弁護士に相談しているという対外的な信用の向上にも繋がるのではないでしょうか。

私は「あすなろ」という名前に、1つの想いを込めました。それは「皆さまの明日への希望と成長のチカラになりたい」という想いです。父と同じ道を歩むことになった私ですが、今、それが必然だったのだなと思えるようになってきました。

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